おしゃれなママファッションができる通販サイト

子育てに忙しいママはなかなかゆっくりと外出して洋服を買うことができなかったりしますね。
また、「ママファッション」にあいそうな服がなかなか売っていなかったり、どこで買えばいいのかわからなかったり・・・

そんな時には私が運営しているレディースファッションサイトのママ服特集ページを見てください。
特集:ママファッション 通販

少しだけこのページでもママ服通販サイトについて書きます。

最初におすすめしたいのはソウルベリーです。
ソウルベリーにはショップスタッフによる「ママ部」というものがあって運動会などのイベントごとのコーディーネートを紹介するような特集ページが時々アップされます。
ソウルベリーのファッションの系統としては「ナチュラルガーリー」という感じです。
ナチュラル系のママファッションが好きな人に特におすすめなのがこのソウルベリーです。

シンプルで大人っぽいママ服ならピエロで通販購入するのがおすすめです。
ピエロは格安にもかかわらず大人向けのきちんとした清潔感のある服がそろっています。
普段着にも子供のちょっとしたイベントにもどちらにも対応できます。
ピエロのコーディーネート例としては腕時計やバッグなどの小物使いがとても参考になると思います。
小物の選び方一つでもグッと大人っぽい雰囲気が出ます。
もちろんピエロではそういったファッション小物も扱っています。

そしてカッコイイ系、セレカジ系のママ服が欲しいならティティベイトがおすすめです。
ちゃんとママっぽい「きちんと感」がありながらも都会的なクールな雰囲気を出せます。

最後は「ショップリスト」という名前の総合ファッション通販サイトです。
ソウルベリーもピエロもティティベイトも全部ショップリストでまとめて買うことができます。
ただし、納期や在庫などは本店とは違うのでまとめ買い以外の時には各ショップの本店をおすすめします。

私が運営しているレディースファッションサイトのママ服特集ページで紹介しているママファッション通販サイトは以上です。

ぜひママ服選び・購入の参考にしてください!

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○ キュリー夫人伝の話が出る。確に近頃では興味深く且つ感動的な本であった。あの本やパストゥールの「科学者の道」の映画がああいう感動をもって一般に受けいれられるという事実は複雑な時代の感情をも語っていることだ。キュリー夫人が、夏どこかの田舎へ行っていたとき、素足で砂のところで休んでいると、そこを記者が見つけて、いろんなことを訊きはじめる。するとキュリー夫人が「科学は事に関しているのであって人に関していることでない」という意味の答をする。私にはあの一句がどうも忘られない。彼女のような廉直なひとに、彌次馬的なわいわい騒ぎや、女だということについての物見高さや、俄な尊敬、阿諛がうんざりであったこと、その気分からそういう形に要約された言葉の出たこともわかる。けれども、エーヴの筆がやはりその限界にとどまっていることはおしいと思う。もしほんとに科学は人間に関しないのであるならば、どうしてキュリー夫人は、ラジウムの権利を独占して儲けようとせず、ひろく全世界の人間の幸福のためにと開放したろう。そういう潔白な美しい行為は人間と科学との結ばれようの正しさを、おのずから示している。彼女を生んだポーランドの生活、彼女を活動させたフランスの社会の習俗、それらのことは彼女の卓抜な性格、資質と切るに切れない関係をもって、偉大な仕事を成就させている。彼女が女であって或る人類的な努力を貫徹したことは、今日の現実の中で何と云っても男が同じことを仕とげたとは違った具体的な努力の過程をもっている。

 ふつか小雨が降って、晴れあがったら、今日は山々の眺めから風の音まで、いかにもさやかな秋という工合になった。
 山の茶屋の二階からずうっと見晴すと、遠い山襞が珍しくはっきり見え、千曲川の上流に架っているコンクリートの橋が白く光っている上を自動車が走っているのまで、小さく瞰下せる。
 まだ苅り入れのはじまらない段々畑で実っている稲の重い黄色、杉山の深い青さ。青苔がところどころについている山径では、山うるしの葉が鮮やかな朱黄色に紅葉して、樅の若々しい葉の色を一層清々と見せている。
 こういう山径のつき当りに、広業寺という寺があって、永平寺のわかれなのだそうだが、尼さんがあずかって暮している。山懐の萩の生えた赫土を切りわったようなところに、一つの温泉がある、そこには何だか難かしい隷書の額がかかっていたので、或る日、裏道づたいに偶然そこへ出て来た私たちが好奇心をうごかされてガラス窓をあけてみた。内部は三和土のありふれた湯殿のつくりであった。盥が置いてあるのだが、縞のフランネルの洗濯物がよっぽど幾日もつかりっぱなしのような形で、つかっている。ブリキの子供用のバケツと金魚が忘れられたようにころがってある。温泉の水口はとめられていて、乾あがった湯槽には西日がさしこみ、楢の落葉などが散っていた。白樺の細い丸木を組んだ小橋が、藪柑子の赤い溝流れの上にかかったりしていたところからそこへ入って行ったので、乾きあがって人気ない湯殿の内部は大層寂しく私たちの目にうつった。

 田端の高台からずうっとおりて来て、うちのある本郷の高台へのぼるまでの間は、田圃だった。その田圃の、田端よりの方に一筋の小川が流れていた。関東の田圃を流れる小川らしく、流れのふちには幾株かの榛の木が生えていた。二間ばかりもあるかと思われるひろさで流れている水は澄んでいて流れの底に、流れにそってなびいている青い水草が生えているのや、白い瀬戸ものの破片が沈んでいるのや、瀬戸ひき鍋の底のぬけたのが半分泥に埋まっているのなどが岸のところから見えていた。大根のとれる季節になると、その川のあっちこっちで積あげた大根を洗っていた。川ふちの榛の木と木の間に繩がはってあって、何かの葉っぱが干されていたこともある。わたしたち三人の子供たちは、その川の名を知らなかった。
 田圃のなかへ来ると、名も知れない一筋の流れとなるその小川をたどって、くねくねと細い道を遠く町の中へ入って行くと、工場のようなところへ出て、それから急に人通りのかなりある狭い通りへ出た。そこには古い石の橋がかかっていた。そして石橋の柱に藍染川とかかれていた。その橋から先はもう小川について行くことができなかった。空の雲を水の面にうつして流れている水は町へ入ったそのあたりから左右を石崖にたたまれ、その崖上の藪かげ、竹垣の下をどこへか行っていた。わたしたち子供は、田圃のなかから川について町へ出て来るから、いつも流れをさかのぼっていたわけだった。不忍池から源を発している小川だったのだろう。